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高齢出産:その1 ドキュメンタリー 高齢出産の始まり

このカテゴリの一部始終は、

妻が始めて赤ちゃん出産するまでの、
始まりから出産までを綴ったドキュメンタリーです。

ついでに、出産に立ち会った夫の物語です。

産まれた赤ちゃん
  2007年8月27日 18時16分 3115g
  かわいい女の子です。

記事は、これから数日間に渡って、追加していきます。(ロングです)
今日は、その1とその2を記述します。

その1は、夫が妻の出産に立ち会う事と、子供って

その2以降は、時間を追って、実際に起きたドキュメンタリーを
たよりない記憶を辿って記載していきます。

**** ここから その1 が始まります。(主観のかたまりです) ****

夫が妻の出産に立ち会う事は、絶対に必要なことだと思います。

妻は、自分の若さを使って、新しい命を産みます。

出産することで、自分のエネルギーを赤ちゃんに変えていきます。
それと同時に、妻も若さを失います。

その時間を一緒に共有する事で始めて解る事だと思います。

ははは、もし理屈を「こねて」、絶対参加しない亭主がおられたら、
出産と同時に離婚を考えられた方がよいでしょう。

その理屈が仕事なら、無能な亭主だと思います。
時間はその日に向かって作っていけば良いことだと思います。
(100%無理という方は覗きますが、99%ないと思います。)

きっと!!

夫と妻が繋がる、根がその程度なら、死ぬまで同じ恐怖で
過ごす事は不毛だと思います。
(出産の立会を妻が希望するならと言うところです。)

さて、子供が産まれてくると、始めて気付くことがあります。

子供か出来て、始めて、心を一杯拡げて自分を見ている存在に気付きます。
心を一杯に拡げて、これから目の前に起こる事を普通の事として受け入れる、
存在に気付きます。

親を選ばず、環境を選ばず、心を拡げている存在です。
目の前に起こる事を全て受け入れていきます。
子供には、難しい理由なんかないのです。

もし、変な子供が居たら、99%は、その親そのものです。

 ところで、私には、二度と見たくない映画があります。
それは、「火垂るの墓」です。
女の子は、目の前で起こる事を普通の事として、
悲しいことでもなく、幸せの内に命が消えていく。
それが悲しくて悲しくて悲しくて、それが子供やんか...

2007年8月27日
新しい命と、一緒に生を共にし始める記念となる一日が始まりました。
子供は体の一部です。

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コメント navinci:おめでとうございます!!
v-315ご出産おめでとうございます!v-315
お二人の赤ちゃんは、早くご両親に会いたくて、お外に出てこられたのですね。本当、一歩先行く先輩さんですね。

予定日よりも一週間以上も早いご出産でも、3,000g以上の体重だったのですね。

女の子でしたか~。うちの夫はかなり羨ましがっております。未だに生まれるその日までは分からない・・・と言っていますが、産院の先生には間違いなく♂ですと断言されてます。私は男の子でも女の子でもウェルカムですが。


ところで、
>>出産することで、自分のエネルギーを赤ちゃんに変えていきます。
それと同時に、妻も若さを失います。


そうなんですよ!
私はそれを昨年の秋に、親戚に頂いたオスとメスの鮭で実感しました。
メスの鮭は筋子(沢山の卵)入りだったのですが、筋子を取り除いてしまった身の部分はオスに比べて、潤いが失われ、お世辞にも美味しいとは言えませんでした。
その分、筋子にはお母さんのエネルギーが注ぎ込まれているだけあって、ばらして頂いたいくら丼の美味しいこと美味しいこと。

そのとき痛感しましたね~。
メスという生き物の悲しいサガを。

現実の社会では男性も生きていくことが大変なことは重々承知していますが、メスは生物学的に身を削って子孫を残しているというのもまた事実なのでしょうね。


さてさて、今は、毎日病院へ通っているような状態でしょうか?

御夫婦ともども今が一番大変な時かと思いますので、ご出産リポートをうかがいたい気持ちはヤマヤマですが、どうぞ無理なさらない程度にUPしてくださいね。期待してます。

高齢出産:その2 出産前々日から始まった興味な事。(8/25 土)

なんで、出産する前々日の出来事を記事にしているかと言うと、
妻の出産に向け、一連の事が始まったように感じるからです。

大したことは、まったくないで、
軽く読んで笑ってやって下さい。

2007年8月25日(土)の出来事です。

夕べ作ったカレーの残りと、
同じく夕べ炊いたご飯の残りを使ってお昼をとりました。

ご飯はと言うと、電子ジャーで保温のままにしておいたので、
ご飯の一部がすっかり乾いてしまって固くなっています。

気楽に食べていると、固くなったご飯が歯にひっついてしまって、
手を口の中に突っ込んで、カリカリと取っていたら、
何回目かで、一番奥の歯の詰め物が取れてしまったのです。

こりゃいかんとばかり、大阪難波にある私の大好きな「シズ歯科」に、
早くいって治療して貰わないと、歯の神経にバイキンが入ってしまって、
歯の神経を抜くことなると電話をしました。

土曜日の午前中の診察が終了した後の出来事だったので、
土曜日は診察できないとの事、仕方がないので、予約を入れようとすると、
シズ歯科はとても流行っていて、火曜日(8月28日)まで予約がとれないと
言われ、結局火曜日に予約を入れました。

何故、ドキュメンタリーにこの記事を入れたかと言うと、
些細な事件の積み重ねの続きに、高齢出産がやってきたわけです。

人によっては、どうでも「ええやん」と叫ばれそうですが...

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スレッドテーマ:初めての妊娠・出産・育児:育児

高齢出産:その3 出産前日の様子(8/26)

土曜日に掃除・洗濯を済ませていたので、今日はゆっくり
過ごそうと言うことになりました。

日曜日の恒例の「えみぃしょー」で、
今週起きたワイドショー系の情報を仕入れて、
軽くお昼を食べました。

今日は、天気も良く、鶴見緑地に車で出かける事になりました。
最近妻が、夜ぐっすり眠れないとぼやいていたので、
太陽を浴びると、人間の中で、眠気がどんどん貯まると
言うのをテレビで見たことがあるので、
公園を散歩する事にしました。

車を駐車した場所から公園まで少し距離があるのですが、
これも、軽い運動とばかり、ぼちぼち歩いて行きました。

鶴見緑地公園の中はとてものどかで、暑い日中でも涼やかです。
2007/08/26鶴見緑地カップル1

今は夏ですね。
2007/08/26鶴見緑地花

売店の前で、やれ、かき氷、とか、オレンジフローズンソフトとか
迷いながら、結局オレンジフローズンソフトを買って二人で、食べました。
2007/08/26鶴見緑地アイス

妻は、最近体が重く、長い時間の散歩もつらくなっていたので、
1時間少しで公園から引き上げるべく駐車場までぼちぼち歩いて帰りました。
途中鶴見緑地らしい風景など写真に納めましたので、ご覧下さい。
2007/08/26鶴見緑地いのちの塔 2007/08/26鶴見緑地の橋

今日の晩御飯は、散歩で疲れていたので、
帰りに「回転寿司」の「あきんど(スシロー)」によって
食事して帰宅しました。着いたのはPM4時頃でした。

今日はもう予定がないので、
暇つぶしに「ダイハード最新版」を見ようと言うことになり、
前にパソコンを置いて、長椅子に二人並んで見始めました。

ところが、この映画、いきなりハラハラドキドキが
ずーーーっと続きます。
見ている私のお腹に力が入ります。
妻もきっと大きなお腹がはっているかなと思い、
58分16秒のところで映画を止めて、休憩をとりました。

妻に聞くとやっぱり、お腹に力が入っていて、
布団にごろっとなって休憩をとりました。
長椅子に座って続きを見るのは辛いとの事だったので、
結局二人共、布団の上に寝転がって続きを見ることになりました。

結局最後まで、ハラハラドキドキのし通しで、
ぐったり疲れましたが、とても面白く、とても満足です。

もし子供が産まれたら、ダイくんとか、ウィルスくんとか、
ブルースくんとか、ダイ子とか、ハー子とかどうだろうかと冗談を言いながら、
眠りにつきました。

なんといっても、出産まで一週間以上有ると思っていたので...

高齢出産:その4 いよいよ出産当日、家から出発(8/27)

いよいよ運命の出産当日となりました。

朝の6時半に妻に起こされました。
妻が、「6時半ぐらいに破水したみたい」と淡々と話しをしてくるので
うん、そうかと気楽に、「今日は休暇だね」と言って
出産当日が気楽に始まりました。

破水の感じは、
・パシャっとした感覚があった。
・ちょっとお漏らしをした感じがした。
・トイレで、どうなっているか確認をしたら、
 ダラダラ液体が出ているのと、
 少し血液が出ていた。

で、妻は、破水を確信した様です。

ところが、陣痛の自覚が妻にはないので、
これまた、気楽な一日の始まりとなった訳です。
朝起きて、いきなり「痛い」と言われたら、
運転中に「痛い」と言われたら、
これは大変な滑り出しになって、
きっと大わらわになったと思います。

本日は、月曜日なのであまっていた夏期休暇を使い、
夏期休暇の連絡メールと、同じグループの方々に、
メールを送りしました。

まあ、滑り出しが良かったので、私も至って冷静です。

妻が病院に電話で連絡すると、
8時半に外来受付が始まるので、その時間に受け付けして、
診察室に直接来るようにと指示されました。
我が家からは1時間ぐらい掛かるから、
7時半に家を出ることにして、
出発の準備開始です。

まず、出産当日は、しっかり食事を取るように言われているので、
妻はおかゆを作って、二人で食べました。

私の奥歯の詰め物は、前々日に取れたままなので、
その歯にご飯がいかないよう、顔を傾けて、もどかしく
おかゆさんを食べました。

(後日談)
出産が始まると意味がわかりました。
すさまじく体力を消耗するため、出産する最後の瞬間に
力が出なくなって、更に出産を困難にする事だと...

既に出産の日に備え、携行物は準備されていたので、
特に準備する物もなく、病院は冷えやすいので、
長丁場になったら困るので、上着を一枚余分に持っていく
所まで気が回りました。

そうそう、妻は、長丁場の出産になったら困るので、
マタニティ用のショーツの替えも追加して、全ての準備を終えました。
(妻の友達が約50時間も出産に時間が掛かった時、
マタニティ用ショーツの替えが無くて、異臭を放つ中の出産になった
事を思い出したからです。)

そうそう、ひょっとするとどれだけ時間が掛かるか解らないので、
家の生ゴミも捨てて行く事にしました。

ペットボトルにお茶を入れて、7時半頃、自宅を車で出発しました。

どうだ、この余裕。
2007/08/27えいえいおう!

車の中の妻は、これがまた、陣痛がないので平静そのものです。
私も特にこれと言った焦りもなく、淡々と「いよいよ出産だねーー」
と軽口を叩きながら運転していきました。
(後日談)今考えると、すごいですねーーー。

出産当日は、月曜日なので車が混んでいるかもと不安だったのですが、
予定通りAM8時半頃に大阪赤十字病院に到着しました。

(後日談)
後で解ったことなのですが、この日大阪赤十字病院
出産される方がとても多くて、いかに早く受付できるかで
色々な条件が悪くなる所だった事が...

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コメント navinci:お疲れ様です
こんばんは♪
もう親子三人で帰宅されたことでしょうか?

出産当日の序章編、読ませて頂きました。
それにしても、破水からの出産だったにもかかわらず、妻さんの余裕には驚くばかりです。
私がもし破水からの出産になったとしたら、そこまで落ち着いていられないと思います。

そんな親を見透かしているのか、我が赤子はまだお腹の上の方で相変わらず動めいている毎日です。

これからは、ゆいちゃんの成長記録と育児日記になりますね。楽しみです。
コメント navinci:
またまたお忙しい中、ご報告ありがとうございます。
無事に帰宅されたとのことでなによりです。
チャイルドシートの体験報告ありがとうございました!
感触の良い報告を聞くことが出来て、こちらも良かった、良かったです。実際にゆいちゃんを乗車させての装着はスムーズに行きましたか?

急に秋めいて涼しくなってきましたので、皆さん体調には気をつけていきましょう。

高齢出産:その5 出産当日 病院到着から診察(8/27)

AM8時半に、外来受付を済ませ、
産婦人科の診察前室の看護士に事情を説明し、
先生の診察を待ちました。

診察室の前で、診察の順番待ちです。
もう一人妊婦さんが横に座られたのですが、
様子が変で、とてもお腹が痛そうに座って居られます。

その方は、予定日が一週間遅れていて、
既に10分間隔の陣痛が朝4時から起きています。
外来の診察を受けるべく、来院され横に座られたのですが、
既に陣痛の間隔は10分を切っていたと思います。

既に一人子供さんが居られるようで、
お父さんと一緒に来院されていました。

その方は、時々陣痛が襲ってくるようで、
時々、両腕の中に顔を埋めながら、
「こんなん初めてや」と言いながら我慢されてました。

ところが、もう一方の我が妻はけろっとしています。

その方も診察をされ、そのまま入院されました。
(後日談)この方に妻はもう一回会うことがあって、
その後の出産の状況を聞くことができました。

そして、ついに妻の順番が回ってきました。

今回、スキあらば、内診の時に使用している椅子の
写真を撮ろうと、デジカメわをスタンバイしましたが、
内診中は撮影できないので、じーーーっと内診が終わるのを
待っていました。

先生がエコー診断をしながら、
いつものように、お腹の直径と頭の直径を測られ、
赤ちゃん体重は、だいたい2.8kgと言われました。

このエコーの機械の診断は、当然診察が終わった後で撮影。
2007/08/27エコー診断の機械

どうして、計るかと言うと、キーボードの真ん中に
トラックボールがあって、それをマウス代わりに
始点・終点を指定して、計っていきます。
この操作、先生は片手です。
なぜなら、もう片手で、妻のお腹にプローブを
当てているからです。

内診の結果は、3cmぐらい子宮口が開いていて、
出産ですね と 言われ、本日本当に正式に
出産が始まった世紀の一瞬です。

内診もおわった後で、椅子の後ろからそーーっと撮影。
赤いゴミ箱の前にペダルがあって、
そのペダルを踏むと、この椅子がまるでトランスフォーマーの
様に上に上がり、背もたれが倒れ、足の膝の部分が
開いて、内診が可能な状態になります。
最新機器です。
2007/08/27内診の椅子1

もう少し上から写してみました。右上の足を
乗せる部分が自動的に開いていくのです。
2007/08/27内診の椅子2

さて、前から妻に、「すごい美人の看護士がいる」と聞いていたのですが、
そう、今日目の前にいる看護士がさんがその方で、すごい美人でした。

とても気だてが良くて、素敵な女性です。
診察台から降りた時も、さりげなく、
もう少しですねとか、自然な声を掛けてくれます。

普通美人が居ると、すっごい存在感と言うか、
自信満々の方が多いのですが、
その方にそんな気配はみじんも感じられなくて、
こんな気持ちの良い素敵な女性は初めてでした。

妻と私は看護士(美人の方ではなく、年配の方でした。)さんに連れられて、
私は、入院手続きをし、妻は車いすで移動していきました。

妻は、まずナースステーションに連れて行かれて、
他の看護士さんと、どの部屋に入院させるか相談しておられました。

母子同伴を基本とする大阪赤十字病院では、
母子は個室で過ごす事となっております。

しかし、8月、9月は、出産ラッシュで、個室が満室ぎみです。

また、8月27日は、5~6名出産待ちの方がおられ、
どの方を開いている個室に入れて、残りは大部屋に
入れるかを相談されていたようです。

基本、出産の順に個室を割当、なくなれば大部屋(4名)に
入れられる様です。
大部屋では、赤ちゃんと一緒に寝泊まりできないので、
新生児室に預ける事になってしまいますので、
なんとか妻子共々個室に入れるよう祈っておりました。

出産順と言うこともあり、結局どの部屋に入るかは決まらず、
回復室と言う、妻にとっての待機部屋で分娩の準備をする事となりました。

(後日談)後々の出産で、この看護士の方が活躍をされる訳です。
第一印象は、とても明るく思い切りの良い感じでした。

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高齢出産:その6 出産当日 回復室で妻が待機(8/27)

結局まだ陣痛が起きていない妻は、
回復室に連れて行かれ、分娩台が空くのを待たされました。

2007/08/27回復室なのですが、妻には待機場所

そう、既に出産の始まっている方々は、
この瞬間頑張って居られる訳です。
隣で陣痛を我慢されていた方は、
このころ分娩台で頑張って居られた訳です。
(後日談)そう、分娩台にも乗られた様ですが、
その後、大変な事になった様です。
それは、また、出産後の入院状況で報告します。

回復室で、妻は、ピンクの寝間着にチェンジして、
赤ちゃんの様子を見るために、モニターをお腹につなぎました。

一つのセンサーで、赤ちゃんの心音をカウントして、心拍数を計測、
もう一つのセンサーでお腹の張り具合を測定しています。2007/08/27赤ちゃんのモニター1

緑色の「134」の数字は、赤ちゃんの心拍数です。
大体大人の2倍くらいで、平静な状態だそうです。

真ん中の点々が表示されている所は、
陣痛の間隔(分)です。

その結果は、グラフとなって常時印刷されていきます。
下に垂れ下がっている紙がそのグラフです。

詳細は、
2007/08/27赤ちゃんモニターの印刷内容

で、

上の段が、「ドプラ」と書いてあって、
下の段が、「外側陣痛」と書いてあります。

(後日談)分娩の時間は、このモニターが付いた瞬間の様です。
グラフに2007/08/27 9:42が印刷されているのですが、
これが、記念すべき分娩開始時間です。

ようするに、この瞬間から分娩が始まりました。

モニターからどんどん紙が出てきて、
状況が常時印刷されています。
2007/08/27赤ちゃんモニターの印刷内容詳細

このグラフには、縦の棒でひときわ青い太い棒線が引いてあります。
その棒線と棒線の間が一分です。

このグラフの下の段に印刷されている、
山と山の間が約4分と言うことになります。

モニターの真ん中に、4分14秒と陣痛の間隔が
表示されるようになりました。

つまり、4分間隔で陣痛が起きているようですが、
妻は、痛みを感じていない様で、
これまた平静そのもの。

そんな状況なので、
車で妻を病院まで送ってきているので、
いつ出産になるか解らない中、
駐車場代節約の為、車を家に持って帰って、
再度来院する事にしました。

看護士さんに、どれぐらいで出産になりますか?
って聞いたら、「多分、早くてお昼ぐらいに始まって、夕方ぐらいですかねぇ」
って言われました。「どうなるかは解りませんが...」とも言われました。

それであれば、車で家に帰って、
電車で戻ってきても2時間は掛からないと踏んで、自宅に帰る事にしました。

妻はとても頼りなさそうな顔しておりましたが、
妻を置いて、自宅に帰る事にしました。

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スレッドテーマ:初めての妊娠・出産・育児:育児

高齢出産:その7 夫の一時帰宅と再来院

病院の駐車場は、入院、退院、診察で、それぞれ
一定時間無料になるシステムとなっております。

大阪赤十字病院の駐車場料金(8/27時点) 詳細は、ここを参照して下さい。

北玄関の防災センターの警備員さんに、駐車場カードを渡して、
マーキングして頂いて、駐車場を出て帰宅の途につきました。

家に帰るまでの間、「まさか出産しないよね」と言いながら
焦らず、しっかり運転して帰りました。時間にして40分程度。

大阪固有の商習慣が有って、「五十日」と書いて、「ごとび」と
読むのですが、直近の「ごとび」は8月25(土)だったので、
今日は「ごとび」でないので、道は空き空きです。

家に着いて、まず、妻の母親に「破水して入院しました。24時間以内に
出産すると思います。」と伝えると「一週間ばかり早いですね、ありがとう。」と
仰られていました。

さて、私はいつ出産になるかわからないので、
ラーメン二袋と、卵一個を出してきて、
鍋に湯を沸かし、ラーメンを作り出しました。

妻の携帯から電話が掛かってきました。
「陣痛が5分間隔に変わったので、分娩室に移動します。もう家を折り返した?」
と言うので、私は「今家に着いた、ラーメン作っているところや、直ぐに出る」と返答。
「早く来てね」と言われて電話が切れました。

さて、まだ半生の状態のラーメンを食べるのか、
それとも、ラーメンを食べずに、直ぐに家を出るのか、
もし、ラーメン食べていて、出産に間に合わせなければ、
なんて言われるんだろう でも、出産はいつになるか解らないし、
と考えている時、

妻の母親から電話があり「メールは病院でみれないだろうけどメールを送るから」と
言われて、「陣痛が5分になったので、直ぐに病院に行きますと」と答えて、
直ぐに電話をきって、尚一層できあがりつつある、ラーメンを食べる決心をしました。

火から鍋を下ろして、そのままラーメンを食べ始めました。
若干硬めかと思いながら、、あつあつのラーメンが、
詰め物が取れた歯の穴に入らないように、
また、ダシが歯の穴に入ってしみないよう、
頭を右に傾けて、必死でラーメンを「ほおばり」ました。

食べる姿は、きっと笑えたでしょう。必死ですね。

ラーメンに入れようと思って、出した卵を一個、
外に放り出したままで、家を飛び出しました。

5分ぐらいで駅に到着し、次の電車を確認すると、
あれだけ一生懸命ラーメンを食べたのに、
15分ぐらい先にならないと来ないのです。
次の電車の到着予定時刻は、11時19分。

時間に余裕が出来ると、頭の中で色々な事を考えてしまいます。
ひょっとして、もう出産しているんではなかろうか?
折角、出産立会をする事にしたのに、
ラーメン食べてて、出産に間に合わなかったなんて...

鶴橋の駅から小走りで、大阪赤十字病院に急ぎました。

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コメント navinci:ラーメンか立ち会いかのブルース
こんにちは。
妻さん、ゆいちゃんと…皆さんお変わりなく順調ですか?
予定日を目前に控えながらも、未だその兆候のないまま、ダラダラとした日々を送っているもんで、こちらのブログ、いつも更新を楽しみにしてます。

さてさて、今回は読みながら、エンタの神様のいつもトリを勤めている犬井ヒロシの♪「○○のブルース」のネタが頭に浮かんで来てしまい、読めば読むほど、ラーメンを食べるべきか、それともあきらめて駆け付けるべきかで揺れる夫さんの姿が犬井ヒロシの歌に重なって来てしまいました。

お忙しいと思いますが、また更新を楽しみにしてます。
コメント soleil:
初めまして。私も関西在住です。たまたま訪問しましたが、無事にご出産されたことを祈るばかりです。

高齢出産:その8 分娩室の様子12時頃(8/27)

病院に着いたので、ナースステーションで、
「妻が分娩室に移ったと聞いたので、その場所を教えて下さい」とお願いすると、
一人の助産士が出てきて、案内をしてくれました。

その方が、「私を憶えていますか?、両親学級で一緒でしたよ」と言われて、
あーーー、どこかで見た人だと思ったら、

例の、そう、両親学級で、胎児のぬいぐるみを作って、
我々に見せてくれた看護助士さんでした。
その折り大変お世話になりました。
(過去記事参照)お腹の赤ちゃんがどちらを向いているか?

 AM11時45分、ようやく妻の居る分娩台の部屋に辿り着きました。
まだ陣痛が本格的に始まっていなくて、
この瞬間も余裕で、分娩台の上で寝ています。

残念ながら、顔はコアラでご勘弁下さい。
2007/08/27分娩台で余裕の妻

このゴミ箱のまるーーいマークは、
有名な、バイオハザードのマークです。
2007/08/27ゴミ箱のマーク

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高齢出産:その9 陣痛から出産へ(8/27)

2007年8月27日

☆13時頃
この頃から、陣痛が起こる度に、痛みが増していきます。
陣痛の間隔は大体5分間隔ぐらいです。

最初は、腰の両側が痛くて、腰に片手を当てて、もう片手で、ベッドの
手すりをもって叫んでいます。
 「いたいいたい」

私ができる事は、腰の痛そうな所をひたすらさすります。
さする時、妻の体が揺れると、辛そうになります。

さすりながら、目は、モニターに行きます。
赤ちゃんの心拍数は? 外側陣痛のグラフはどれだけ大きいか?

陣痛が始まる度に、モニターのグラフをみながら、
陣痛の大きさがどれぐらいか、体感できないところを補います。

ずーーーっとこの繰り返しです。
長いような、短いような時間が過ぎていきます。
私は、ひたすら、腰の上をさすります。

助産士さんが、子宮口の開き具合を確認するため、
内診をされますが、その時、私は追い出されます。

分娩台の上で、体を上に向けると、お腹が痛いので、
なかなか内診がやりにくそうです。
外で妻の声がひときわ大きく響き渡ります。
「いたいいたい」 と

陣痛が起きている間も、陣痛と陣痛の間も、
下半身の力を抜いて、できるだけ子宮口を拡げる必要があります。
痛い時に、「イキんでしまう」と開きかけた子宮口が
また閉じていくそうです。

しかし、陣痛が治まっていく中、次の痛みが来るのではと、
体は、既に次の痛みを想像して緊張が全然解けません。

助産士さんは、「陣痛は治まっていってます。体の緊張を解いて
下さい。大丈夫です」と声を掛けられます。
「はい、鼻で息を吸ってーーー、ゆっくり吐いてーーー」と声が
掛かります。

呼吸は、痛い痛いと声を上げ続けると、息を吸うことが出来ず
苦しくなって、勢いよく息を吸ってしまいます。
そうなると頭がくらくらして、体力を消耗していきます。

だから、鼻で息を吸って、ゆっくり息を吐いていきます。

次第次第痛みが増していくと、痛い痛いと声を出しながら息を吐いて、
「ひぇーーー」と息を吸っていきます。

陣痛が始まると、そんな状態になります。 

☆14時頃
子宮口を内診された助産士さんが、
「3~4cmぐらい子宮口が開いている」と言われました。

別の助産士さんが来られて、
「何時頃に診察されましたか?」と訪ねられ、
「8時半ぐらい」と妻が痛がりながら答えると、

「大分時間が経っていますが、子宮口が開いていっていません。」
「刺激を与えて、子宮口を拡げます。」と、キッパリ言われました。

そう、妻を入院させる時、回復室に車椅子で運んでくれた、あの助産士さんが、
妻の子宮口を拡げるべく刺激を与える事になりました。
過去記事(高齢出産:その5 出産当日 病院到着から診察(8/27)の最後辺り)

私は、また、分娩室の外に追い出されました。

分娩室から、更に大きい妻の声がします。
今度は、「いたーーーーい、いたーーーーい」と!
声がひときわ高くなります。

分娩室に入って良いと言われ中に入ると、
妻がベッドの手すりにしがみついています。

「子宮口は4cm~5cmぐらい開いてます。」
「これから1時間おきに、内診をします」と言われました。
そう、あの助産士さんに...

出産するには、子宮口が10cm開く必要が有るとも言われ、
私は「いつ終わるんだろう????」ととても心配になりました。

☆15時頃
あれから大分経ったんだと思います。

私と妻だけになったり、助産士が一緒になったりして、
妻の体の痛い所をさすります。
もう他にする事がありません。

この時間帯の内診で、子宮口が5cm~6cmぐらいになりました。

妻の痛みも変化して、腰の両側が痛かったのが、
腰の真ん中辺りに、また、骨盤の中になったりしてきました。
この辺りになると、妻は腰全体が痛いと叫びます。

ひたすら、さするばかりです。

陣痛が始まる最初の所で、
「いたーーーい、いたーーーい」と
息を吸うのを忘れて叫びます。
小さな声で、私が「息を吸ってーーー」と言わないと息を吸い始めません。
その後は陣痛が治まるまで、なんとか息を吸うようになります。

助産士さんが、「どうですか、痛いですか」と聞くと、妻は、必ず、
「無痛分娩が良い」「もう切って出して」と助産士さんに叫びます。
助産士さんは「痛くないと出産できないわよ」とか「うちでは、無痛分娩
をやっていないの」とさっくり返事をします。

☆16時頃
この時間の内診で、7.5cmぐらいに子宮口が開きます。

声も、「いたーーーーーーい いたーーーーーーい」と
長くなり、陣痛の度に、体がピーーーンと張って、
足も突っ張りがきつくなります。

陣痛と陣痛の間でも、妻の足が震えて止まりません。

この頃になると、妻を入院させる時、車椅子を押していた
あの助産士さんが、「陣痛の時にイキんでも良い」と
他の助産士さんに指示を出されていました。

諦められたのだろうかと、ふと思いながら、
いや、きっと妻には無駄と思われたのか....

☆17時頃
この時間の少し手前から、妻の痛みの質が徐々に変わってきます。

「いたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」と
うめき声に近く、声がながーーーくなってきました。

17時の少し前から、助産士さんも誰も居られません。

夕暮れ近づく時間、分娩室の中が薄暗くなってきて、
分娩台の上で、妻と二人が陣痛に耐えています。
その時は、とても不思議な感じでした。

でも気持ちは、とっても心細いです。

流石にこれは限界かと思い、呼び鈴を押しました。
するとマイクから、明く「直ぐにいきます」と声がしました。

天使の声を聞いた様に思いました。

17時15分頃です。

☆17時30分頃
赤ちゃんを取り上げてくれる助産士さんが来られ、
内診をされ、「子宮口は9.5cmか全開です。」
「これから、分娩の準備をしますから出ていって下さい。」

言われて、また追い出されました。

分娩室の中から、妻のひときわ大きな声で「いたーーーーーーーーい」と
声がします。
陣痛の最中に、姿勢を変え、分娩の準備をしているかと
思いながら、待っていました。

(後日談)分娩台の足置きに足を置いていたのですが、
足は固定されておらず、出産する間中、足置きから足が外れて
足元に居られる方々の顔なり身体を蹴ってしまうのではと、
とても心配していた様です。こわいですね...

外で待機しいた私も、分娩室から呼ばれました。
いよいよ、分娩です。

分娩室の中は、いつの間にか、助産士さんの人数が増えていて、
4人ぐらいになっていました。

赤ちゃんをとりあげてくれる
助産士さんがとても明るく、無駄口を叩きながら、
調整をされており、今から起きる事が大変な事でない そんな
そんな雰囲気が漂っていたことです。

電話なり助産士さんに、あの先生はいないか連絡して、とか、
電話で先生と会話したり、ナースステーションに
電話したりと、色々な準備をしながら、助産士さんが
関係しそうな先生に立ち会いを要請されます。

小児科の先生とか、産婦人科の先生とかに、
立ち会いをされるよう調整をされていました。

今の時間帯は、先生が帰られる時間帯であったり、
産婦人科の先生は、まだ、外来の相手をされていたり、
また、セミナーを受けられていたりで、なかなか捕まりません。

さて、妻の方はと言うと、
陣痛が来れば、いままで我慢していたのを、
イキんで赤ちゃんをお腹から出しに掛かります。

分娩台には、イキむ時に掴むための、つり革みたいな物が、
腰の傍に着いていて、手でしっかり握ってイキみます。

そう、安心してイキんで良いわけです。

妻は、イキむ度に顔がまっかっかになります。

何回も何回もイキみますが、
なかなか赤ちゃんが出てきません。

少し時間が経つと、多くの先生が集まってきて、
結局10人ぐらいになりました。
ようやく、万全の体制になった様な感じでした。

なかなか赤ちゃんが出てこない中、
ついに、最大の山場が来ました。

助産士さんは、何が何でも出産させるつもりらしいです。

助産士さんがバキュームを準備されます。
先生が、鋏を準備されます。
助産士さんが、妻のお腹の上で待機されます。

「お腹の赤ちゃんに酸素をあげないといけないので」と
言われ、妻の口に、酸素吸入器が当てられます。

陣痛が起こった瞬間に、

お腹の上に居る助産士さんが、妻のお腹の胸に近い所に両手を置き、
力一杯、下方に向かって押します。

バキュームを持って助産士さんが、子宮口から見える赤ちゃんの
頭にバキュームを当てて、吸飲しながら引っ張ります。

これを何回か繰り返すのですが、赤ちゃんは出てきません。

ついに、鋏を持った先生が、鋏をたてて「切ります」と声を上げます。
顔はとてもきりっとしていて、思い切りが良さそうで、
横目で見て安心しておりました。

ついに出産の瞬間です。

助産士さんが、赤ちゃんの頭をバキュームで吸って、引っ張ります。
助産士さんが、妻のお腹の上から、スゴい勢いで赤ちゃんを押し出します。
先生が、様子をみながら、出口を必要に応じてチョキチョキです。

ようやく、赤ちゃんが出てきました。

助産士さんから「18時16分誕生」と声が上がりました。

出てきた瞬間の赤ちゃんは「無言」で真っ白な体です。

うわ、どうなんだろう、テレビなら大きな鳴き声を上げるのに...

直ぐに赤ちゃんを台に乗せて、先生ともう一人の助手が
赤ちゃんの様子をみながら、体中についている物を除去していきます。

ついに、赤ちゃんの泣き声が分娩室に響き渡り、
初めて生を受けたんだと、実感しました。

助産士さんからは、「カワイイ女の子」と言われた時、
おもわず妻と顔を見合わせて、「ありゃ名前どうしよう?」と
思わず口走ってしまいました。

そう、産婦人科の先生もエコーを見ながら「陰が見えるが今日は見えないなぁ」
なんて言われるので、それってやっぱり男の子だよね と 二人とも信じていて、
回りの人も妻のお腹を見て、「前にせり出しているので、
男の子だなぁ」とみんな言うし、すっかり二人とも男の子だと思って、
男の子の名前しか考えていませんでした。

分娩台で妻が「ゆいはどうかな」って聞くので「良いね」と直ぐに
気持ちは決まりました。
産まれて直ぐに出てきた赤ちゃんの名前が、一番良いと思ったので、
最終的に、妻の親が来られた時、相談して賛成して頂いたら、
正式に名前を決めようと思いました。

出産が終わった後は、妻の体内から、使用済みの胎盤を出したりとか、
切った所の縫合があるので、私は、再び分娩室から追い出されます。

分娩室を追い出された廊下で外を見れば、
なんとなく月がこちらを見ているような感じがしました。
2007/08/27出産後の夕日


「ようやく産まれたんだ」と。

分娩室からは、妻の「いたい」と言う叫び声がしています。
切ったところの縫合をされているのでしょう。
少し経つと、もう、妻の悲鳴は聞こえてきません。

そう、もう悲鳴は聞こえてきません。

長い時間待たされ、ようやく分娩室から呼び声かが掛かり、
分娩室の中に入りました。

あれだけ居られた、先生も助産士さんも、
すっかり引き上げて居られ、一人二人だけ助産士さんがおられ、
外で待っている時、関係して頂いた方々にお礼を言いたいと思って
いたのですが、肩すかしとなりました。

そうそう、最後に夜8時ぐらい、分娩室で休んでいる時、
いつも妻を診察していただいていた先生が、ようやく外来の方の
診察を終わられ、分娩室に様子を見に来られました。

「元気な赤ちゃんが生まれましたね」と声を掛けて頂き、
嬉しそうな顔をされていました。

診察は先生ですが、出産は助産士さんの仕事です。
このとき始めて、診察して頂いている先生の仕事が理解できた
ように思います。

リスクに応じた体制を作って頂き、安心して出産ができました。
先生、助産士さんに深く感謝、本当にありがとうございました。

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コメント 腰痛アドバイザー:腰が痛いのは、辛いですね。
腰が痛いのは辛いものです。
私も14年間悩まされました。

私が考案した腰痛解消法をお試しください。

【3分腰痛解消法】で、検索すると見つかります。

腰をお大事に。

高齢出産:その10 名前は「ゆい」です。(8/27)

生まれたての「ゆい」です。
2007/08/27ゆい1

体を綺麗にした後、服と帽子を被せて頂いたところです。

手が真っ白です。
なかなかお腹から出てこれず、出てきた時は、
体が真っ白でした。

もっとお猿の赤ちゃんのように、くしゃくしゃの
顔をしている思っていたのですが、以外と、
しっかりした顔をしています。

出産した後も、妻の体が休まるまで2時間ばかり、
そのまま分娩台の上で過ごしておりました。

始めてオッパイにかぶりつく「ゆい」。
2007/08/27ゆい2

切った所の縫合とかで、直ぐに赤ちゃんを抱くことが出来ず、
カンガルーケアはできませんでしたが、

寝ずにずーーっと起きていてくれたので、
無事オッパイを口に含ませることができました。

これで、ようやく二人は、絆で結ばれたように思います。

産まれてたです。
2007/08/27ゆい3

出産後の分娩台の上で、
これから赤ちゃんと過ごす為に、母親として、
オッパイについて、必死に勉強する妻です。
2007/08/27ゆい4

さて、時間も十分経ったので、部屋に移ることになりましたが、
移る先の部屋は、ラッキーな事に個室でした。
(後日談)これには、深い理由があって、
      後日その理由を聞く事になりました。

入り口から見た個室です。
母子同室で過ごすので、部屋はとても広いです。
一番奥には、テレビ、目覚まし、冷蔵庫完備です。
2007/08/27個室1

ベッドから見た、入り口です。
右側から、荷物を入れる棚、洗面台、左側に赤ちゃん
体重を量るタニタのスケールです。
更に、トイレ、シャワールームが入り口の辺りにあります。
2007/08/27個室2

このタニタのスケールは2g単位ではかれるので、
赤ちゃんが何グラム母乳を飲んだかはかることが出来ます。

一日八回母乳とミルクを飲ませますが、一回の量が大体
決まっていて、何グラム母乳を飲ませたかをスケールで量り、
飲ませるミルクを決めます。

新生児黄疸もあるので、頻回授乳とできるだけキチッと量を
飲ませます。
(後日談)そんなに母乳の出が順調でないのと、新生児黄疸も
      出ていたので、ダスキンレンタルで、同じスケールを
      一ヶ月レンタルする事にしました。

妻の様子は、下を縫合しているので(帝王切開ではありません)、
痛くて痛くて、歩くのも大変です。特に、トイレは、痛くて
椅子に座れそうもありません。

出産当日は、縫合しているので、母子同室とはならず、
赤ちゃんは、新生児室で過ごす事になりました。
翌朝から母子同室がスタートです。

今日妻は、ぐっすり眠りました。

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コメント navinci:出産リポート、ありがとうございます!
お仕事も再開され、お忙しい中、ロングで臨場感溢れるリポートをありがとうございます!
妻さんの(>_<)「痛ーーーーーーーーい」叫び声は、さすがに、出産間近の私にはかなり強烈ですが、読みながら、少しイメージトレーニングをさせて頂きました。
最後はやはり助産婦師さんの腹押しが入りましたか…。
我が赤子も頭が骨盤内に入り始めたとはいえ、未だにお腹の上の方でのんびりしているようなので、あんまりグズグズしていると押し出されてしまうかもしれませんね。

ところで“ゆいちゃん”の命名のエピソードですが、我が家でもそういう感覚で、男の子と女の子の二つの名前を準備しました。なんだかんだといい、インスピレーションで思い浮かんだ名前が良いのではないかと。

それにしても、確かに!生まれたてのゆいちゃん、整ったお顔立ちしてますね!
はてさてうちの赤子はどうなりますやら…。
コメント いとぃ:きれいなお顔です^^
お母さんのお乳をふくんでる時の安心した
「ゆい」ちゃんのお顔。。。かわいいですね^^
それにしっかりしたお顔をしています。。。

大学病院には それこそ自然分娩では難しい女性が入院してきます。
ベッド上の生活を強いられかなりストレスがたまってくるのと
胎児の異常を知らされ、不安の中で出産するお母さんも珍しくありません・・・。
五体満足で生まれた赤ちゃんは本当に幸せだと思います^^
奥様も苦しい出産を乗り越えたぶん、おっぱいを吸わせたときの感激は大きかったでしょうね^^

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